1月 182013
 

中学生になる前の春休みに父に連れられてロサンゼルスへ。そのときの体験がきっかけで高校卒業後アメリカに留学。ボストンキャリアフォーラムで出会った外資系コンサル会社に就職し、日本、ニューヨーク、香港、ロシア、ウクライナ、シンガポールなどで働き、世界を股にかけて活躍する。
父は海外に対して常にオープンで、中国人の祖父に至っては当時上海の中華レストランで料理長をやっていたところを、日本の中華料理レストランの総料理長としてヘッドハンティングされ、
日本語も十分にわからないまま日本に来日。父、祖父の遺伝子が受け継がれ、
自身もフィリピンのマーケティングリサーチ会社「Reseach Panel Asia Philippines Inc.」の社長を務める。

 

Welcome to United States

学校を卒業した春休みに父親に連れられてロサンゼルスに行ったんですよ。

まだ中学生になる前だったんですけど、父に20,30ドルだけ渡されてそれで2,3時間放置されて。
そしてモールのベンチで休んでいたときにおじいさんが話しかけてきて、
拙い英語で自分は日本から来たって伝えたんです。
そしたら「Welcome to the United States」って言ってくれて。
日本では滅多に言われない言葉だったんで感動しました。

そしてアメリカにいつか住むことを決意。

色々な自分が経験したことない文化にできるだけ多く触れ合いたいという
気持ちがあったのだと思います。

そして中学、高校と日本で過ごし、大学はアメリカに留学することに決めました。

「大学からは、通常の授業を受ける前に付属の語学学校に一年通ってください」と
言われたんですけど、語学学校には6ヶ月しか通わない予定で、
最初の6ヶ月はロサンゼルスに行きました。

日本にいたときに塾に通ったりしてできるだけ英語のスキルを上げておいたのに、
ロサンゼルスでアメリカ人のルームメートにパーティーなどに連れて行ってもらっても
全然英語が喋れなくてその場から人がどんどん去っていくんですよ。

人から相手にされないのがすごく辛かったです。

だけどそこで行くのをやめちゃったらそこに戻るのってすごくハードルが上がるじゃないですか。
あのとき嫌な印象を受けたから、もうそこには戻りたくないってなるのが嫌だったため、
英語が問題なく話せるようになるまで(なってからも)パーティーに行き続けましたね(笑)

英語力を伸ばすためにも、現地の友達にアルファベットをAからZまで
ひとつひとつ発音してもらったものを録音して、時間があるときはそれをずっと聞きながら
同じ発音ができるまでやったりと自分なりに少し工夫はしてました。

結局ロサンゼルスには9ヶ月滞在したんですが、語学学校に行く頃には
だいぶ英語が上達していたため、すぐに大学の授業を受けていいよと言われました(笑)

 

カルチャーとカルチャーをつなぐ仕事

現在はマーケティングリサーチ会社で社長をしています。
クライアントは主に欧米など、アジア以外に拠点を構える企業になります。
例としては、クライアントがプロダクトを作り、アジアに進出しようとする。
しかし、国によってルールが違ったり、価格に違いがあるので
アジアに合わせたマーケティングが必要になってくる。

問題は普及させるということ。

そこで僕達が日本、中国、韓国の方々にリサーチをして、そこから生の声を聞く。
その結果、アジアの人たちがどういう風に思っているのかをまとめて
クライアントに伝えるのが僕らの役目になります。

僕達のやってる仕事は「カルチャーとカルチャーをつなぐ仕事」

僕たちがみんなの声を届けることでたとえば今までなかったモノが取り入れられ、
人の生活を豊かにできるのは魅力ですね。

 

世界中の人たちと経験をシェアしたい

フィリピンの生活において、日本と比べるとレベルの違いはあっても、必要なモノはすべて揃っているんですよ。強いて言えば、流通、インフラがあまりよくないというくらいで。
ローカルとの折衝や役所とのいざこざもありましたが、それはそれでその国のカルチャーですから。
逆にどうやってクリアできるかを求めるのに面白みを感じていました。

社内は9割フィリピン人なんですが、フィリピン人はラテン系な感じでお祭りが好きなんです。
テンションあがったら止まらないですね。

チームっていう風に思っている人が多くて、クリスマスのイベントは必須だったり、
オフでの繋がりではクラブ等に繰り出して、一緒にお酒を飲んだりもしています。

スタッフに対してはフラットな関係ですが、責任者なので組織構造を変えるほどフラットではいけない。自分のパフォーマンスはしっかり伝え、継続的に実力を見せていかないとローカルメンバーから尊敬はされないですね。

将来は、引き続き日本人だけでなく世界中の人たちと経験をシェアしたいと思っています。
それはたとえば社員やクライアント、友達だったり。

経験や物事をいろんな人達にシェアしたことは日本人の友だちにも話せるし、
相手も日本人と過ごした経験を自分の友達に話せる。経験をシェアするっていうのが
僕の中で一番大切なんですが、その中で日本の良さも伝えていきたいです。

そういう瞬間がすごく楽しいですね。

 

ボーダーレスの潮流をつかむために英語は必須

どんどんボーダーレスになり、モノも人も飛ぶようになります。

アメリカ、フィリピンだからとは関係なく世界が同時に変わってくる。
今までできなかったことが容易にできちゃう。

それをやる上で共通の言葉として認識されているのは英語です。

今まだカルチャーをリードしてるのは欧米圏にある。
服のトレンド、ITのトレンド、モノのトレンドは欧米から発信されている。その情報をきちんとに捉えてそれをアジアでどう展開するか考える。
じゃあその情報をどこから取ってくるかというと結局英語になる。
英語を知らないでビジネスをすると2番手、3番手になってしまう可能性が高い。

ボーダーレスの潮流をつかむためにはやっぱり英語は必須だと強く思います。

それは日本にいても同じことが言えます。日本語だけでは限界があるし、
周りも日本人だらけになるとコミュニティが狭くなる。

外にいるからには外の情報を捉えるのが大切

特に海外に行きたい人はアンテナを外に広げておかないといけない。

世界を変えたいと思っている人が日本の情報だけで世界を変えるのは難しい。
そのときにフランス人でも中国人でも日本人でも、共通言語として英語があると楽ですよね。

まずは英語の学習が必須です。

 

自ら動いていくということ

外に出て、色んな情報を集めてください。それで自分自身が本当に行きたいという結論に至るなら、それは何事にも変えられない強い芯になると思います。
それを貫くためにはまず行動です。
日本で情報集めというよりも、行きたいんだったら行く。それが仕事がとれていない状態でも
見に行くとか現場の情報を知ってみる。情報だけを待ってても進まないと思うので
自ら動いていくということがキーワードだと思います。

 

インタビューを終えて

小学生のときにアメリカに行き、衝撃を受けた和出さん。
海外に興味を持ち自分は自然と海外で働くと思っていたのだと語る。
世界のどこどこにいるという意識はなく、和出さんにとって海外で働くか日本で働くかという選択肢は品川で働くか、渋谷で働くか程度の違いだったのだと思う。
実際に僕はフィリピンに行ってインタビューを行い、現地で働く人のリアルな話を聞き
改めて英語の重要性、とにかく行動することの重要性を思い知らされた。
それからというもの僕の英語学習時間が増えたことは言うまでもない。


 

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